社会福祉法人神愛会

認知症高齢者介護マニュアル

 

T.契約時などの確認事項

契約時や入居時などのスクリーニングアセスメントは、この認知症高齢者介護マニュアルを使って、利用者の状態が詳しくわかる家族から聴き取り調査を行う。なお、このアセスメント調査はプライバシーに絶対的な配慮をすることを確実に家族に伝える。

1内容

@氏名

A生年月日

Bキーパーソン(契約者ないし、存命していて利用者が最も信頼している人物)

C認知症の発症(注1,2参照)

・どのような症状で「認知症かな?」と感じたか。

・それは何歳ごろのことか。

・それ以後どのような症状が現れているか。

・どのような点で生活に支障が出たか。

・その症状に対してどんなことを試みてみたか。

・医師の診断を受けているか。

入居時に聴き取った内容で不足な時は、利用者の担当者を中心に連絡をとり、早めに情報を収集する。入居後は十分観察(言葉・行動、しぐさ、表情など)して、認知症の症状をピックアップする。

(行動障害及びすべての機能障害)

 

1 痴呆を疑うチェックリスト 『痴呆が疑われたときに−かかりつけ医のための痴呆の手引き−』(東京都高齢者施策推進室 P11 2001年)を参照。

2 痴呆発症の事実関係をしっかり把握する。周囲が痴呆であると理解せず、否定的な関わりを続けた場合、利用者が対人関係において悪感情を持ち続けていること(特定の行為、対象者、状況などに恐怖感を持ち、反応することなど)もあり得るので注意する。

 

2既往歴(心身機能・身体機能の要因として)

病歴や機能障害を中心に

特に、腎不全、心不全、肝機能障害などは意識障害を起こしやすいので注意する。パーキンソン病(振戦・固縮、寡動〜無動などの症状がある)なども認知症の症状と間違えやすいので注意する。なお、服薬している場合はいつごろから、何を服用しているか確認する。

 

3家族構成

@介護は誰が中心に行っているのか(キーパーソン)。

A本人のことがよくわかる人は誰か。

B本人が最も信頼している人は誰か。

C利用者に対する家族の対応力法は何か。

D本人の癖は何か。

E家族に認知症の人がいるか。

F利用者本人を中心とした家族系統図を作成する。

注)家族の支援や態度のあり方は、利用者にとって大きな環境因子となる。

注)上記家系図は利用者を取りまく環境を視覚的に確認するためのものである。

 

4生活歴(背景因子である個人を理解するため)

@出生地

A居住地

B学歴

C職歴

D退職後の趣味

E愛称

F関心のあること

G利用者とのかかわりのあった人など(友人、知人、ペットなど)

H習慣

注)上記の項目は、「その人」の人生、生活に関する背景全体の情報である。利用者にとっては、自らの健康状態との相互作用を通して獲得した、社会活動への参加状況、ライフサイクルという意味がある。

 

5現時点での精神・心理状態

@不安はないか。

A孤独ではないか。

B孤立していないか。

C緊張していないか。

D環境の変化に戸惑っていないか。

E愛するものを失っていないか。

注)特に環境の変化がある場合、十分注意したい。

 

6家族の希望

@家族の希望を把握する。

A家族の希望に対して可能・不可能を判断する。

B無理な期待に対しては、十分説明して理解してもらう。

 

7施設としての見通しについて家族に知らせること

利用者の状態から予測されること(認知症の定義などを参照)。

(例)転倒や状態の悪化については十分に説明し、対応方法などを随時話し合う。

 

U.気質と人格の機能(性格傾向)

1外交性

積極的、社交的、表現性などのように表現される個人的素質を生む精神機能で、内気、遠慮、抑制と対立するもの。

2協調性

協力的、友好的、柔軟さなどのように表現される個人的素質を生む精神機能で、非友好的、対立的、挑戦的と対立するもの。

3誠実性

勤勉さ、手堅さ、慎重などのように表現される値人的素質を生む精神機能で、緩慢さ、頼りにならなさ、無責任さといった素質を生む精神機能と対立するもの。

4精神安定性

温厚、穏やか、落ち着きなどのように表現される個人的素質を生む精神機能で、短気、心配性、うつり気、むら気と対立するもの。

5経験への開放性

好奇心の強さ、想像力の豊がさ、探求好き、なんでも試みようとする態度などのように表現される個人的素質を生む精神機能で、不活発、無頓着、情緒的表現の乏しさと対立するもの。

6楽観主義

上機嫌、快活、希望に満ちたなどのように表現される個人的素質を生む精神機能で、落胆、陰気、絶望と対立するもの。

7確信

自信、大胆、自己肯定などのように表現される個人的素質を生む精神機能で、臆病、不安定、自己否定的と対立するもの。

8信頼性

あてにできる、節操のあるなどのように表現される個人的素質を生む精神機能で、欺瞞、反社会性と対立するもの。

 

注)気質と人格の機能は、種々の状況に対してその人特有の手法で反応するような、個々人の持つ生来の素質に関する全般的精神機能であり、他人と区別するような一連の精神的な特徴を含むとなっている。

 

V.認知症の定義

一般に、「個人のそれまで発達した知的水準からの著しい低下による崩壊した精神状態であり、記憶・見当識・判断力・理解カ・言語力・抽象思考・高次大脳皮質機能・感情・行動・人格などの障害が認められ、その原因として明確な脳の器質性病変が推定しうる場合、これを認知症という。ただし、意識障害を除外するものとする。」と規定されているが、最新版にあたるDSM-Wでは記憶障害、認知障害などの中核症状(知的機能の低下によって起こる障害で非可逆的である)と中核症状があるために起こりやすい周辺症状、すなわち精神症状や行動障害をいい、現在では「生活障害」の意味合いを含んでいる。

 

 

〔認知症に伴う中核症状〕

1記憶障害

新しい情報を学習すること(登録)、覚えたことを保存すること(貯蔵)、以前に学習した情報を思い出すこと(再生)が困難となることである。本マニュアルでは臨床痴呆評価尺度(CDR : Clinical Dementia Rating 以下、CDR)を用い、近時記憶(エピソード記憶の一部)、エピソード記憶、意味記憶という順序で記憶障害が進み、その後は断片的記憶のみになるとしている。

 

1)時間軸による分類

@即時記憶

記憶の保持時間が数秒から1分くらいのものをいい、注意力、集中力に左右される。遠隔記憶に保存されないと情報は消えてしまう。

A近時記憶

数分から数日にわたって記憶が保持されるものをいい、いったん意識から消えても、また再生・想起される。

B遠隔記憶

即時記憶から選択されたものを数日から数十年保持することをいう。

2)記憶の質による分類

@陳述記憶

事実に関する記憶で、言葉を用いて再生することをいう。

・エピソード記憶:過去の個人的な出来事に関する記憶。

・意味記憶:学習などの繰り返しを経て得た世間一般の知識についての記憶。

A非陳述記憶

手続き記憶:言葉では述べられないが、技の記憶、身体記憶(運動機能)などを指す。自転車に乗れたり、水泳ができたり、絵が描けたり、昔習ったピアノが弾けたりすることをいう。

Bその他

恐怖記憶:扁桃体の記憶といわれ、恐怖感を覚えたことや長期のストレスにさらされると刻まれていると言われている。

2見当識障害

自己、他者、時間、周囲の環境との関係を知り、確かめる全般的精神機能を見当識といい、この機能が障害されることをいう。なお、見当識障害は、時間、場所、人の順序に障害が進む。

1)時間に関する見当識

年月日と曜日を認識する。

2)場所に関する見当識

身近な周囲の状況、町、国などの自分のいる場所を認識する。

3)人に関する見当識

自己の同一性(アイデンティティ)と身近にいる他者を認識する。

 

3認知障害

認知機能というのは、知覚や言語、行為、記憶、思考といった基本的な能力を用いたり、それを統合する働きを意味する。つまり人、物、時間、場所、事象の意味を理解していく過程の総称である。

認知障害は、このような過程を経てすべて知っているはずの対象の認知が障害されることをいい、感覚機能そのものには問題はないが、それを認知する脳が損傷していて対象を理解できないことをいう(意識障害、知能障害を除く)。

 

4実行機能障害

国際生活機能分類(1CF)によると、実行機能とは高次認知機能と表記され、前頭葉に依存する個別的精神機能であり、意思決定、抽象的思考、計画の立案と実行、精神的柔軟性、ある環境下での適切な行動の決定などといった複雑な目的指向性行動を含む機能である。なお、本マニュアルではCD「でいうところの判断力と問題解決、社会適応がこの実行機能に対応することとした。中核症状ではこの機能も障害される。

 

5認知症の中核症状の予備知識

1)脳の損傷と痴呆性高齢者の一人ひとりの『持っている力』

認知症と最も関係が深いのは大脳である。中核症状では記憶障害、見当職害、認知障害、実行機能障害が生じるとされ、回復は極めて困難といわれているが、感情・情緒面を介した認知・身体機能の維持・向上を足がかりとして、認知症高齢者の「一人ひとりの持っている力」に焦点を当てたケアが必要である。

 

2)人格変化(中核症状とは言い切れない説もある)

記憶、見当識、高次認知機能などが、脳の損傷やその人が置かれた環境(施設などの環境、家族との離別、同室者との関係、介護者との関係など)と調和しにくいことにより、まるで人柄が変わってしまう場合や本来の人格、気質と人格の機能(性格傾向)が先鋭化した場合をいう。

 

人格変化の主な症状

・自発性の低下

いわゆる活気のない状態、物事に無関心になる。例えば自分から入浴しようとしない、自分からは着替えようとしない状態が続き、本人はそのような状態にあることを気にしなくなる。

・感情の易変性

気分が変わりやすく、短気になり、ささいなことで怒る・泣くなどしたり、何かを長く続けてできずにやめてしまったりする。忍耐力、持久力が低下する。

・脱抑制

非常識な会話や行動を自分で抑えることができず、社会的にも問題となる。

 

X.認知症の周辺症状の理解

介護や看護において見極めてかがわることが重要な症状である。

 

1せん妄

一時的に脳の機能が低下することで、軽い意識障害が起こり、思考能力や判断能力が低下し、注意力や集中力がなくなった状態である。具体的には同じ質問を繰り返したり、夜間に農作業に行くなどと言って、その場にふさわしくない行動をとろうとしたり、母親、子ども、孫などがそこにいるなどと言ったり、知らない人が部屋にいる、気持ちの悪いものが見えるなどと現実にはないことを言うなど興奮状態になる、あるいはぼんやりとして活動性が低下するが、時間の経過と共にその状態が変動する。原因としては、脳以外の身体の疾患(熱性疾患、心肺機能の低下、代謝および栄養障害、内分泌障害、術後状態、lCU管理下、人口透析など)や脳血管障害、感染症、服薬している薬(降圧剤、抗パーキンソン剤、睡眠剤など)の副作用、脱水、睡眠・覚醒リズムの障害などが考えられる。認知症高齢者は、この症状を伴うことがあり、多くは夕方から夜間に現れ(夜間せん妄)、興奮状態、被害妄想、幻視、大声、徘徊などの行動として表現することがある。

 

◆せん妄の状態にある利用者に関する確認事項

・既往歴(病歴)を確認する。

・服薬している薬(何を飲んでいるのか)を確認する。

・感染症を確認する。

・脱水状態を確認する。

・睡眠障害を確認する。

・利用者にとって危険となるものの確認をし、環境を整備する。

 

2幻覚・妄想

はっきりものが見える(例えば、「子どもが来た」「知らない人が入ってきた」など)、声(音)が聞こえるなどと訴えることをいう。現実にはそのような事実はないが、説明しても納得しない。せん妾の一症状として現れることもあり、本来の気質と人格の機能(性格傾向)が影響していると指摘されており、神経質、小心、猜疑心が強いなどの傾向を持つ人にみられやすい。

また、経済的に苦労してきた人などには、お金を盗られたというもの盗られ妄想、嫁姑関係で苦労してきた人には、『嫁がご飯を食べさせてくれない』という被害妄想、夫婦関係で苦労してきた人には、『妻(夫)が浮気している』という嫉妬妄想などを訴えることがある。

 

◆幻覚・妄想の状態にある利用者に関する確認事項

・ものを盗られたというような話(訴え)と事実を確認する。

・いじめられているという話(訴え)と事実を確認する。

・配偶者が浮気をしているという話(訴え)と事実を確認する。

注)生活歴などのエピソードとの関連を確認する。

 

3徘徊

認知症高齢者が歩き回る状態であり、記憶障害、見当識障害などにより、トイレを探したり、孫などを探しに行ったりする。記憶障害、見当識障害に加えて自分の強い欲求がかりたてる行動と考えられる。しかし、介護者がどのように観察(言葉・行動・しぐさ・表情など)してみても徘徊の理由・原因にたどりつけない場合もある。さらに、幻覚・妄想(被害的な場合が多くみられる)から徘徊につながることもある。

いずれにしても、中核症状や環境(もの、人など利用者を取り巻くすべて)などとの関連から出現する症状で、事故(転倒、交通事故、迷子による消息不明)につながりやすいものである。

 

◆徘徊の確認事項(個々の利用者について)

・自分が置かれている状況がわかっているか(見当識、理解力)。

・新しい環境になじめているか。

・利用者の欲求が表現できているか。

・利用者の欲求が満たされているか(外出、なじみの者を探し求める、漠然とさまよう、周りの人や状況への反発・ストレス)

・幻覚・妄想からの行動が。

・常同的な行動が。

・服薬している薬の副作用はどうか。

 

4暴力・不穏行為

記憶障害・認知障害を持つ利用者は、自分を取り巻く事態の展開に対してうまく理解できず、介護者からの働きかけに「どうなっているんだ?」「困ったな」「どうしよう」「びっくりした」「怖い」などの不安感・焦燥感、恐怖感を持つことがある。このような事態に対する反応として、暴力・不穏行為が出現することがある。また、機能障害が進み、気質と人格の機能(性格傾向)が先鋭化(病前の性格が突出すること)し、気が短くなることや気の強さが強調されること、あるいは怒りっぽくなることがある。

さらに、幻覚・妄想(被害的な場合が多い)がある場合、意に沿わない介護への抵抗などの場合、認知障害が進み、痛みなどの不快感をうまく伝えられない場合などに、イライラして暴力・不穏行為として表現することがある。

 

◆暴力・不穏行為の確認事項

・利用者に施設利用に対する不安はないか。

・介護者が利用者に過剰な期待をしていないか。

・介護者自身の感情の反応(恐い人、乱暴な人という思いを抱いて接するなど)はないか。

・介護者、家族が利用者を質問攻めにしていないか。

・生活場面から個々の利用者の気質と人格の機能(性格傾向)を知っているか。

・幻覚・妄想はないか。

・痛み・病気(尿路感染症など)はないか。

・薬剤の副作用はないか。

 

5過食・拒食・異食

食べてもすぐに空腹を訴え、「食べていない」「ごはんはまだか?」などと訴え、必要以上に食べることを過食という。記憶障害や満腹中枢の障害が原因と考えられる。食事に関心を示さなくなったり、食事すること自体がわからなくなり、結果として拒食として表現する場合や、幻覚・妄想から「毒が入っている」と言って食事を拒否する場合がある。

認知障害が進行し、本来食べ物ではないものを食べるという異食行動をとることもある。これについては、何でも口に入れてなめたり、噛んだりすること(口唇傾向)を異食ととらえることもある。

◆過食の確認事項

・既往歴を確認する。

・全体の食事量を観察する。

・日常生活行動から消費カロリーを測定する(特に、徘徊を行っている場合)。

◆拒食の確認事項

・認知機能を確認する。

・幻覚・妄想の症状を確認する。

◆異食の確認事項

・全体の食事量を観察する。

・どのようなものを食べてしまうのか。

・利用者は異食しているものをどのように認知しているのか。

・頻度はどうか。

・食べるものに一定の傾向はないか。

・味覚や嗅覚に異常はないか。

・食べた後に異常はないか(下痢、発熱など)。

・便に異常はないか。

(注)「介護者の心構え」で詳しく触れるが、特に異食行動の場合は、まず介護側が利用者を取り巻く環境の一部であることに留意し、そのような事態を招くことのないような環境整備が必要であり、たとえ口に入れても危険のない環境を整えることが大切である。

 

6不潔行為

便の付いた下着や衣類を隠してしまったり、トイレ以外の場所で排泄し、その後始末しようとしても遂行できず何かで隠したりするなど、排泄の管理ができないことや便をいじってしまう、便を口に持っていく行為などをいう。見当識障害、認知障害によるものと考えられる。また、おむつ使用などの場合、排泄後の汚物への違和感から手を入れてしまうことも考えられる。

 

◆不潔行為の確認事項

・個々の排泄パターンに沿って排泄できているか。

・トイレの場所はわかっているか。

・トイレの使用方法はわかっているか。

・汚れたものと清潔なものとの区別はできているか。

・便を認識しているか。

・おむつのサイズは合っているか。

・かゆみ、褥瘡はないか。

 

7睡眠障害

夜間はなかなか寝つけない(入眠困難)、深く寝られない(熟睡困難)、目が早く覚めてしまう(早朝覚醒)といったことなどが睡眠障害に挙げられる。このような状態は昼間うたた寝をしてしまい、睡眠・覚醒のリズムが悪循環に陥って昼夜逆転が起きることなどにつながる。当事者にとっては大変つらく、周囲の人たちにとっては環境の悪化となる。また、夜間せん妄につながる場合もある。なお、安易に睡眠導入剤などを使うと夜間せん妾を引き起こすこともある。

 

◆睡眠障害の確認事項

・個々の睡眠パターンはどうか。

・入眠時や覚醒時はどのような状態か。

・個々の日中の活動状況はどうか。

・居室の環境(明るさ、静かさ、同室者との関係)はどうか。

・意識、活力、欲動などの全般的な精神状態はどうか。

・身体の局所的な痛みやかゆみはないか。

・幻覚・妄想はないか。

・睡眠導入剤の使用状況はどうか。

・薬剤の名称は何か。

 

8抑うつ症状

アルツハイマー型の認知症の場合は、初期は記憶障害を自分の能力の低下や喪失と思うため、元気がない、意欲がわかないなどの状態が観察される。ただし、深刻な感じはなく、言葉数の減少も少ない。

脳血管性の認知症の場合は、極端に元気がなくなったり、涙もろくなったり、心配性が出現したりする。また、事態の推移が思うように進まないと、不安や怒りとして表現することがあり、情動の不安定さが特徴となる。

抑うつ症状は本来の人格と気質の機能(性格傾向)と関係があり、不眠、胃腸障害、食欲不振などの身体症状が現れることや、物事を悲観的にとらえる傾向、被害感などが出現する場合や、何か大切なものを失ったのではないかと、あてもなく動き回ったり、押入れや引き出しの中を探し回ったり、強迫的な(ものに取り愚かれたような)確認行為がみられることもある。また、過剰に依存的な行動が出現することもある。

 

◆抑うつ症状の確認事項

・病歴を確認する。

・元気がないか。

・活気がみられないか。

・返事がうつろか。

・睡眠障害は起こっているか。

・胃腸の不調を訴えていないか。

・食事量が落ちていないか。

・頭痛を訴えていないか。

・疲労感、倦怠感を訴えていないか。

・常に悲観的な思考傾向はないか。

・強迫的な確認行為はないか。

注)現時点の利用者の置かれている状況(介護者や他の利用者との関係性)などにも注意する。

 

Y.介護の心構え

1認知症の症状について正しい知識を持つ

認知症は、記憶障害、見当識障害、認知障害などの中核症状(知識機能の低下によって起こる障害で非可逆的である)と、中核症状があるために現れやすい精神症状や行動障害(周辺症状)を引き起こしやすい「生活障害」であり、その障害は脳神経細胞の減少と共に徐々に進行する。したがって、「その人」の心のあり方を含めた「状態像」をしっかり把握することが必要であるが、何よりも感情・情緒、運動面など一人ひとりの「持てるカ」に焦点を当て、しっかり向き合い、環境としての介護者との関係性が「その人」にとっての生活のあり方に大きく影響を与えること、そして介護者自身が介護という仕事を通して一人ひとりの利用者から学べること・発見できることの大きさを踏まえてケアを行うことが大切である。

注)介護者はICFでいうところの促進因子(ある環境において、それが存在しないこと、あるいは存在することにより、生活機能が改善し障害が軽減されるようなもの)として位置づけられるのである。

 

2否定せず相手の世界に合わせる

例えば、幻覚や妄想は実際には起こっていないことだが、本人は現実に起きていることだと感じている。したがって「そのようなもの(者)はない(いない)」「そのようなことはない」と否定すればますます興奮し、かえって幻覚や妄想を助長する(否定は厳禁)。また、介護者が自分の言うことは聞いてくれない(信じてくれない)と不信観を持ったり、沈み込んでしまう。

そこで、しっかり時間をとり、話を十分に傾聴し、その奥に隠れている不安や恐怖を理解する必要がある。行動を起こしても危険のない範囲であれば見守り、訴えには話題を変えて気分転換を図ることも必要である。症状は本人にとっては現実であり、悩んでいたり、苦しんでいたり、あるいは他者を恨んでいたり、疑っていたりすることがある。この症状によって生活に支障が生じている場合は、状態をよく観察(言葉・行動・しぐさ・表情など)し、情報を十分収集し、医師に診察してもらって早めに治療する必要がある。

 

3失敗しない状況をつくり環境を整える

認知症のある利用者は、自分の部屋を覚えること自体が大変である。同じドアが並んでいる施設では部屋の名前は覚えづらく、腰が曲がっていると見上げる動作は難しい。名前の表示を大きくしたり、目印をつけるなどの環境面での工夫が必要である。また安易な居室変更は避ける。施設は構造的にトイレがわかりづらいこともあるので、できるだけ誘導介助する場所は1カ所に決める。尿・便意がはっきりしない利用者や表現が困難な利用者に対しては、排尿パターンを早めに把握し、トイレヘ行く時間をあらかじめ知らせておくなどして、焦ることがないよう誘導介助する。

また、夜間は照明のスイッチがわかりにくいので、あらかじめつけておくと転倒などが回避できる。また、失敗した場合、叱ったり責めることは厳禁である。認知症のある利用者の多くは、自分のしたいことや方法を認識できず不安を持っている。そのため、ますます自信を失い混乱して、自力でできる可能性を潰してしまうことがある。弄便も、便で遊んでいるのではなく、「出てしまった」「恥ずかしい」「気持ち悪い」「どうにかしなければ」「どうしよう」と思わず触ってしまい、自分で後始末(排泄の管理)できないと考えられる。静かに素早く片付け、利用者の気持ちを和らげる言葉をかけることが大切である。においや動作で早めに排便などを察知し、誘導介助することも必要である。

 

4徘徊

パーキンソン病などの歩行失調があると危険性が伴うので、まず個々の利用者についてどのような徘徊なのかを確認し、次に利用者の動線にものを置かないなど、環境を整備して安全性を確保する。しかし、「切迫性」(利用者本人または他の利用者等の生命ないし、身体が危険となる可能性が著しく高い場合)、「非代替性」(安全ベルトの使用や行動制限以外に代替するケアがないかを検討した結果)、「一時性」(安全ベルトの使用や行動制限は一時的な手段である)の要件を満たした場合は、職員間で、さらに家族ともよく話し合い、最小限の範囲で時間を決めて安心ベルトを使用することもある。その際は、記録も大切なこととなる。

また、万が一の対策としてヘッドガードの使用も家族と話し合っておく。「家に帰りたい」「外にでたい」と思っている利用者は、不慣れな環境や介護者、ほかの利用者たちとの生活のなかで、不安感が大きいと考えるべきである。介護者は多くのかかわりを持ち、顔見知りになるように努め、勤務が終わる際には次の介護者を紹介するなどして、利用者が困らないように配慮する必要がある。外部に出てしまう可能性がある時は、センサーを使用することもあるが、この場合、定期的にカンファレンスを開き、原因・誘因の把握、統一した対応の工夫を第一とする。また、気の合いそうな利用者を紹介し、交流できるようにするなどして、一人で不安にならないようにする。家族には努めて面会に来てもらい、不安の解消を手伝ってもらう。

時間ごとに所在確認を行い、声がけを多くして顔を覚えてもらうような日頃からの働きかけも大切である。徘徊が始まると面会者と一緒に出ることもあるので、エレベーターの出入り口や玄関に注意事項(協力依頼文書)を掲示する。また、興味のありそうなことなどを用意し、自分から早く施設の生活のなかで楽しみや居場所の確保ができるよう援助することも大切である。日中に行われるリハビリテーション体操やリラクゼーション体操に積極的に誘うことなども必要である。なお、徘徊には、施設内のストレス(騒音、混雑など)やなじみの者を探すための行為、薬剤の副作用、トイレヘ行きたい、周囲の刺激(人の出入りが激しいなど)などが原因となっている場合もある。いずれにしても環境調整や利用者の状態を正確に把握することが必要である。

 

5せん妄

せん妄は「認知症の周辺症状の理解」で述べたとおり意識障害による症状であるが、高齢者の睡眠は比較的浅く熟睡感がないことが多いものである。また、失禁を恐れたり、頻尿により、浅眠傾向になることもある。睡眠・覚醒のリズムが変調して昼間に寝てしまったり、日中の出来事のなかで負担のかかることや不安感が大きかったことなどがきっかけとなる場合もある。利用者にとって環境の一部である介護者は、常に自分の応対が強制的ではないか、威圧的ではないか、負担が大きいのではないかと振り返ってみることが大切である。

夜間、いつもと違って行動がおかしく、会話が成り立たないと感じたら、まず名前を聞き、次に今は朝か夜かと聞いてみて、会話が全く成立たないときはせん妾を起こしている可能性がある。意識障害を起こしているので、部屋や廊下など本人がいる場所は明るくする。まず安全を確保し、落ち着くのを待つが、毎晩のように続くようであればほかの疾患も考えられるので医師に相談する。なお、アセスメント情報から利用者が興味を持てること、活動したくなることを把握しておき、これらをさりげなく提供し、できるだけ日中はその人なりに活動を楽しめるようにレクリエーションやゲームに誘ったり、何か精神的に困っていることがないか相談にのり、利用者の不安の解消に努める必要もある。

 

6異食行動

食べ物以外のものを食べたり、食べようとしていても、叱ったり大きな声を出したりすることは避ける。まず食べて有害なものかどうかを判断し、かかわりを持つことが大切である。いきなりの大声などは、ビックリして飲み込んでしまったり、口を固く閉じてしまい、かえって危険になる。落ち着いて口から出して見せてもらうようにする。空腹だが食べる物がない場合や、手に取ったものが何であるのかを確かめるための確認行動として□の中に入れることもある(口唇傾向)。

このような場合、よく行動を観察(言葉、行動、しぐさ、表情など)して消費カロリーを確認することも必要である。食べ物をどうやって持ってきたかを予測することは難しいが、ほかの利用者の部屋や食堂に置いてあるもの(常に食事をしている場所のためか?)、浴室、洗面所に置いてある石けんなどをよく□に入れることがある。口の中に入ったら命に関わるもの(漂白剤や塩素性洗剤)、小さな金属のものなどは鍵のかかる所に保管し、また薬も台紙ごと口に入れてしまうことがあるので、保管場所には十分注意する。口の中に入れても命に危険のないもので環境を整えていくという考え方も大切である。

 

7不穏・興奮状態

「認知症の周辺症状の理解、暴力・不穏行為の確認事項」を参照して、どのような原因が考えられるか観察(言葉、行動、しぐさ、表情など)し、対応する。介護者のちょっとした対応のずれが興奮につながることがあり、また脳の萎縮などで感情のコントロール領域が侵されていたり、不安な状態からパニックになることもあるので、まず笑顔で利用者の正面からゆっくり声をかけ、視野に入ることがポイントである。距離感の認知障害がある場合は、いきなり後ろや横から声をかけられると、びっくりして反射的に手が出ることもある。このような場合、「OOさん。こんにちは」などのあいさつをし、利用者が答えてくれる時は、「OOさん。食堂へ行きましょう」と場所の方向、目的をはっきりさせることも必要である。

また、動作を誘導するとき毛、一つひとつに時間をかけ、利用者のペースで進める。そうしないと、言われていることは分かっているのに行動がうまくできなかったり、パニックに陥り、ますます混乱して怒りを表したりすることもある。介護側が「このくらい」と思うことでもなかなか行動できないことが多く、またできないことに利用者も苛立ちを感じている。もし、興奮し始めたら説得しようとせずに、黙って落ち着くのを待ち、その後、時間をおいて誘導する。なお、原因がはっきりしている場合は素早く環境を整備する。

 

8収集癖

「なぜこのようなものを集めるの?」と思ってしまうものを集めることがある。まず、収集癖という表現をする利用者にも、その行動には「その人」なりの背景と欲求が必ずあることをよく理解する必要がある。興味本位なものもあり、目についたものを持ってくることもある。今までの私たちの経験では、コップやエプロン(食事の際に着けるもの)、スプーン、タオル、尻取りパット、トイレットペーパーなどがあった。「いつでも、さしあげるのに…」と思うが、利用者が興味を持って集めている時はそのまま見守り、片付けるかどうかについては個別に検討していく。すべて片付けてしまうと「盗られた」と妄想につながったり、不信感につながりやすいので注意が必要である。

利用者は施設に入る時点で、荷物が限定されたり、購入方法が少なく、すぐに手に入らなかったりする状況が背景にあるため、予備としてため込んだりすることもあるが、利用者が使いたい時に使えるように配慮することや、面会などの際に家族に補充してもらうことで改善されることもある。

ものの紛失などで、ほかの利用者とのトラブルは避けたいものである。場合によっては、床頭台に簡易の鍵を付けて対応するが、危険物は預かる。

 

9抑うつ状態

「認知症の周辺症状の理解、抑うつ症状の確認事項」を参照して、背景となる疾病を確認し、それぞれに対応する。アルツハイマー型の認知症であれば記憶障害など本人の能力などに対する不安感、喪失感などが記憶障害などの原因と考えられるが、介護者としては見守りやさりげないサポートなどが必要となる。また、脳血管性の認知症の場合は不眠、食事量の低下、頭痛、疲労感、倦怠感のなど身体症状を訴える場合や、急激に怒ったり泣き出したりする場合(感情失禁)がある。よく観察(話し方、行動、しぐさ、表情など)していると、同室者に何か言われて嫌な思いをしたり、介護者の何気ない一言が引き金になっていることもあるので、注意が必要である。

このような状態を定型的に繰り返すケースにはうつ病の場合があり、介護者が気づかないと、自分で解決できずに生命にかかわる問題まで発展することもある。抑うつ状態かもしれないと気づいたら、身体的問題なのか、精神的問題なのかを判断する情報収集を行い、家族に相談し、医師の診察を受けるなど必要な援助をする。なお、高齢者の抑うつ症状は、「その人」が置かれている社会・心理的状況と関係があるので、安心できる生活環境の確保、活動の確保、役割の遂行などの配慮が大切である。

 

 

 

 

このマニュアルは200641日から施行する。